「月初はレセプト業務で残業が増えてしまう…」「曜日によって患者数に波があり、スタッフの勤務時間に偏りが出てしまう」「夜勤明けの職員の負担を、なんとか軽減できないだろうか?」クリニックや病院の労務管理において、このようなお悩みをお持ちではないでしょうか。特に、入院病棟を持つ病院や救急対応を行うクリニック など、24時間 体制で患者さんの命と健康を守る医療機関では、日や週によって業務の繁閑差が大きく、勤務形態も複雑になりがちです。こうした医療機関特有の働き方に柔軟に対応し、職員の負担を軽減しながら、残業時間を賢く管理できる制度が「変形労働時間制」です。今回はその中でも、多くの医療機関で導入しやすい「1ヶ月単位の変形労働時間制」に焦点を当て、メリットや導入のポイントを分かりやすく解説します。そもそも「変形労働時間制」とは?まず基本として、労働時間は法律で「1日8時間・週40時間」までと定められています。これを超えて勤務した場合は、時間外労働(残業)となり、割増賃金の支払いが必要です。しかし、医療現場のように、常に業務量が一定とは限らない業種もあります。そこで活用できるのが「変形労働時間制」です。これは、一定期間(例えば1ヶ月)を平均して、週の労働時間が法定労働時間(週40時間)に収まっていれば、特定の日や週に法定労働時間を超えて勤務させても、時間外労働として扱わなくてよい、という柔軟な制度です。変形労働時間制には、期間の長さなどによって下記のとおり種類があり、・1ヵ月単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の2)・1 年単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の4)・1週間単位の非定型敵変形労働時間制(労働基準法第32条の5)・フレックスタイム制(労働基準法第32条の3)それぞれで要件やルールが異なります。主な制度の違いを下の表にまとめました。変形労働時間の種類事業規模定め1週間当たりの労働時間限度時間等1ヶ月単位-労使協定(届出必要) or就業規則等40時間以下 or44時間以下(※特例事業)無し1年単位-労使協定(届出必要)40時間以下1日の労働時間の限度10時間1週間の労働時間の限度52時間(対象期間が3箇月超えの場合)1年あたり労働日数の限度280日フレックスタイム-就業規則等 and労使協定(届出不要)40時間以下 or44時間以下(※特例事業)清算期間(1箇月~3箇月)<清算期間における総労働時間の総枠超えが残業時間1週間単位の非定型的小売業、旅館、料理店、飲食店(常時30人未満)労使協定(届出必要)40時間以下1日の労働時間の限度10時間このように様々な種類がありますが、今回は月ごとのシフト作成が基本となる医療機関にとって、最も馴染みやすく活用しやすい「1箇月変形労働時間制」を詳しく見ていきましょう。「1ヶ月単位の変形労働時間制」医療現場での活用メリットと具体例この制度を導入すると、1ヶ月単位で労働時間の調整が可能になります。具体的にどのようなメリットがあるのか、活用シーン別に見てみましょう。【活用シーン①:クリニック の場合】<課題>週明けの月曜日や、休診日の前後は患者さんが集中して忙しい。一方で、週の半ばは比較的落ち着いている。日によって業務量に大きな差がある。<活用法>例えば、以下のように所定労働時間を設定します。忙しい月曜日:所定労働時間 10時間比較的落ち着いている水曜日:所定労働時間 6時間このように、業務の繁閑に合わせて日々の労働時間にメリハリをつけることで、月全体の労働時間を法定の枠内に収めやすくなります。結果として、月全体の残業時間を抑制し、人件費の適正化に繋がる可能性があります。【活用シーン②:病院(病棟24時間 体制)の場合】<課題>日勤・準夜勤・深夜勤といった複雑なシフトを組む必要があり、特に二交代制を採用している場合「16時間夜勤(2日分をまとめて勤務)」などの長時間勤務が存在する。<活用法>1ヶ月単位で労働時間を調整することで、こうした長時間夜勤を含むシフトでも、法定労働時間の枠内に収めやすくなります。例えば、16時間の夜勤を行った週は、他の日の勤務時間を短くしたり、休日を多く設定したりすることで、1ヶ月を平均して週40時間以内に調整します。これにより、法律を遵守しながら、職員の適切な休息を確保し、心身の負担軽減と安定した医療提供体制の維持に繋がります。導入前に必ずチェック!注意点と導入ステップ非常に便利な制度ですが、導入にあたっては正しい手順と運用が不可欠です。導入の必須要件まず、以下の2点のどちらかが必ず必要になります。就業規則への規定: 「1ヶ月単位の変形労働時間制を採用する」旨を就業規則に明記します。労使協定の締結: 労働者の代表と書面で協定を結びます。(対象となる労働者の範囲、対象期間、労働時間、有効期間などを定めます)運用上の重要ポイントシフトの事前明示義務対象期間(1ヶ月)が始まる前に、各日の始業・終業時刻を記載した勤務シフト表を作成し、全職員に周知する必要があります。一度周知したシフトは、原則として一方的に変更できません。残業時間の考え方残業時間のカウント方法が通常と少し異なります。以下のケースで時間外労働となります。1日単位: シフトで定めた所定労働時間を超えて勤務した場合(例:8時間勤務の日に9時間働いた場合、1時間が残業)1週単位: シフトで定めた週の所定労働時間を超えて勤務した場合(ただし、1でカウントした時間を除く)1ヶ月単位: 1ヶ月の労働時間の「総枠」を超えて勤務した場合(ただし、1、2でカウントした時間を除く)。この総枠は、以下の計算式で求めます。週の法定労働時間(40時間) × (その月の日数 ÷ 7日)月の日数が31日の場合: 40時間 × (31日 ÷ 7日) = 177.1時間月の日数が30日の場合: 40時間 × (30日 ÷ 7日) = 171.4時間この計算で出た時間を超えた分が、月単位での残業となります。配慮が必要な職員妊産婦や、育児・介護を行う職員から請求があった場合は、法定労働時間を超える勤務をさせることはできません。個別の事情に配慮したシフト作成が求められます。まとめ:適切な運用で、職員も医療機関もWin-Winの関係を「1ヶ月単位の変形労働時間制」は、医療機関が抱える特有の労働時間管理の課題を解決し、より柔軟な働き方を実現するための有効な手段です。業務の繁閑に応じた効率的な人員配置は、残業代の抑制に繋がります。また、職員にとっても、業務負担の平準化や休息の確保がしやすくなり、ワークライフバランスの向上に繋がるでしょう。ただし、導入には就業規則の整備など、その効果を最大限に引き出すためには、制度を正しく理解し、職員への丁寧な説明と、日々の適切な勤怠管理が成功の鍵となります。もし導入や運用に不安がある場合は、社会保険労務士などの専門家に相談し、自院に合った最適な形を検討してみてはいかがでしょうか。