2026/10/26

お知らせ

賞与をやめて毎月の手当にすると、何が起きるか ── 社会保険料は下がらず、残業代だけが上がります

出典
健康保険法第3条第5項・第6項(報酬と賞与の定義)/厚生年金保険法第3条第1項第3号・第4号 労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条(割増賃金の算定基礎から除外できる賃金) 労働基準法第89条第4号(臨時の賃金等=相対的必要記載事項) 労働契約法第8条・第9条・第10条 日本年金機構「標準賞与額の決定」
厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」  
※ 標準報酬月額の等級・保険料率は協会けんぽ「保険料額表」(都道府県別・年度別)で確認してください


「賞与をやめて、その分を毎月の手当として払いたい」

ときどきいただくご相談です。理由をうかがうと、たいてい「社会保険料を下げたい」か「毎月の手取りを安定させたい」のどちらかです。

やること自体はできます。ただ、期待されている効果と、実際に起きることが、だいたい逆になります。

先に結論を書きます。社会保険料はほとんどの場合、変わりません。確実に変わるのは残業代で、しかも増える方向です。

1. 制度としては、やめられます

賞与の定めは、労働基準法第89条第4号の「臨時の賃金等」に当たります。これは相対的必要記載事項です。制度を設けるなら就業規則に書かなければなりませんが、制度を設けること自体は義務ではありません。

つまり法律上、賞与を出さなければならないという定めはありません。やめる方向の設計は可能です。

問題は、やめた後に何が起きるかです。

2. 分かれ目は「年に何回払うか」です

社会保険では、名称が賞与でも手当でもボーナスでも関係ありません。見ているのは支給回数だけです。

年間の支給回数

社会保険での扱い

届出

年3回以下

賞与

被保険者賞与支払届

年4回以上

報酬

標準報酬月額に算入される

毎月の手当にするということは、年12回です。当然、報酬として標準報酬月額に算入されます。

ここで見落とされやすいのは、逆のケースです。「賞与の回数を増やして分散させよう」として年4回にすると、その瞬間に賞与ではなく報酬になります。年3回と年4回の間に線があります。

なお、算定基礎届の場面では、7月1日時点で給与規程等に年4回以上の支給が定められている場合、直前1年間の支給額を12で割った額を報酬月額に算入します。具体的な取扱いは管轄の年金事務所にご確認ください。

3. 社会保険料は、ほとんどの場合変わりません

平成15年4月から総報酬制になっています。月々の給与にも賞与にも、同じ保険料率がかかります。

だから、年収の総額が同じであれば、月給で払おうが賞与で払おうが、保険料の総額はほぼ同じです。

「賞与をやめれば社会保険料が下がる」という話は、総報酬制になる前の感覚が残っているものです。今は、原資の総額を変えずに支払い方だけを変えても、保険料は動きません。

4. 向きが出るのは、上限に当たるときだけです

例外は、上限に当たっている場合です。社会保険には月額にも賞与にも上限があり、そこから先には保険料がかかりません。

標準報酬月額の上限

標準賞与額の上限

厚生年金保険

65万円(第32級)

1回あたり150万円

健康保険

139万円(第50級)

年度の累計573万円

この上限が、向きを決めます。

その人の状況

賞与を毎月の手当に移すと

月給がすでに上限に張り付いている

手当を足しても標準報酬月額は上がらない。一方、賞与で払えば標準賞与額として保険料がかかる。つまり保険料は下がる

賞与が1回150万円(厚年)を超えている

超過分には保険料がかかっていない。毎月に移すと上限まで保険料がかかる。つまり保険料は上がる

どちらの上限にも当たらない

変わらない

院長・理事長クラスであれば、上限に当たることがあります。一般の職員では、まず当たりません。

ですから「社会保険料を下げたい」が動機であれば、まず上限に当たっている人が何人いるかを数えてください。ゼロなら、この施策で保険料は動きません。

5. 確実に増えるのは、残業代です

ここが本題です。

割増賃金(時間外・休日・深夜)の単価を計算するとき、基礎から除外できる賃金は、法律と省令で7つだけ決まっています。限定列挙です。

#

除外できる賃金

根拠

1

家族手当

労基法37条5項

2

通勤手当

労基法37条5項

3

別居手当

労基則21条

4

子女教育手当

労基則21条

5

住宅手当

労基則21条

6

臨時に支払われた賃金

労基則21条

7

1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

労基則21条

賞与は7番に当たります。だから、割増賃金の基礎に入りません。

ところが毎月の固定手当にすると、7つのどれにも当たりません。基礎に入ります。

数字で見ます

月給25万円、所定労働時間160時間の職員で考えます。年間60万円の賞与を、月5万円の手当に振り替えたとします。

振替前

振替後

割増賃金の基礎となる月額

250,000円

300,000円

1時間あたりの単価

1,562.5円

1,875円

時間外の単価(1.25)

1,953円

2,344円

月20時間の残業代

39,060円

46,880円

差額は月7,820円、年間で約9万4千円です。職員10人なら、年間約94万円になります。

原資の総額は変えていません。賞与60万円を手当60万円にしただけです。それでも会社の負担は、残業代の分だけ増えます。

6. 手当の名前を変えても、逃げられません

「それなら住宅手当や家族手当にすれば除外できるのでは」と思われるかもしれません。

ここは名称ではなく実態で判断されます。扶養家族の人数に関係なく全員に一律で払う「家族手当」や、住宅費用に関係なく一律定額の「住宅手当」は、除外できません。家族手当は扶養家族の人数等に応じて、住宅手当は住宅に要する費用に応じて算定されるものでなければ、7つの除外には入りません。

この当てはめは個別性が高いので、設計する前に労働基準監督署または社会保険労務士にご確認ください。

7. 手続は「決めて終わり」ではありません

賞与を廃止して毎月の手当にする変更は、労働条件の変更です。

段階

やること

根拠

1

原則は労使の合意による変更

労契法8条

2

合意なく一方的に不利益変更はできない

労契法9条

3

就業規則の変更による場合は、周知と内容の合理性が要る

労契法10条

4

賃金規程を変更し、過半数代表者から意見を聴いて意見書を作る

労基法90条

5

意見書を添えて所轄の労働基準監督署へ届け出る

労基法89条

6

作業場への掲示・書面交付等で全員に周知する

労基法106条

合理性の判断では、不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などが見られます。

実務で漏れやすいのは、次の2つです。

新しい手当の支給要件と計算方法を、賃金規程に書くこと。給与計算ソフトの設定だけで運用すると、根拠が規程にない手当になります。

もう一つは、個人ごとの増減です。業績連動の賞与を固定手当にすると、これまで多くもらっていた人は減り、少なかった人は増えます。原資の総額が同じでも、個人単位では不利益が出ます。一時的に減る人への調整手当など、経過措置を用意するかどうかを先に決めてください。

8. 来年以降、上限が動きます

令和7年6月に成立した年金制度改正法で、厚生年金の標準報酬月額の上限が段階的に引き上げられます。

時期

上限

等級

現在

65万円

第32級

令和9年9月

68万円

第33級を新設

令和10年9月

71万円

第34級を新設

令和11年9月

75万円

第35級を新設

これは法律に施行期日が書かれているもので、政令待ちではありません。

4で書いたとおり、保険料の向きが出るのは上限に当たるときだけです。その上限が3年かけて10万円上がります。いま「上限に当たっているから有利」という計算で設計すると、数年で前提が変わります。

9. 今日からできること

#

やること

1

標準報酬月額が上限(厚年65万円・健保139万円)に当たっている人が何人いるか数える。ゼロなら社会保険料は動きません

2

賞与の年間支給額を12で割り、全職員の割増賃金の基礎がいくら増えるかを試算する

3

直近1年の時間外労働の時間数を人別に出し、2と掛け合わせて年間の増加額を出す

4

支給回数を決める。年3回以下なら賞与、年4回以上なら報酬です

5

個人ごとの増減表を作り、不利益になる人への経過措置を決める

まとめ

期待されること

賞与をやめれば社会保険料が下がる

実際に起きること

社会保険料は上限に当たらない限り変わらない。残業代は確実に増える

判断の軸

保険料ではなく、割増賃金の増加額と、個人ごとの不利益で判断する

毎月の手取りを安定させたい、採用のときに月給の額面を大きく見せたいという目的であれば、この施策には意味があります。残業代の増加分は、その目的のためのコストとして見積もっておけば済む話です。

一方、社会保険料の削減が目的であれば、この施策では届きません。別の手段を検討されたほうがよいと思います。

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